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ごきげんよう。今日は一人語り風味でお届けします📦️

最近、認知行動療法を受けるようになったのだけど、認知と行動を療法していくというより機能不全家族によるトラウマが深いですよね…という展開になったりしている。抗不安薬を飲みながらでないと社会の普通に擬態できない人生なのだと痛感させられる。不安は未来を心配しているからやってくる感情なのだ。そして私は人一倍未来の心配が止まらないから、不安が自分を飲み込む。

人間はずっと未来に備えている。いつになったら未来への備えを手放せるんだろう。

私がTumblrに残している文章の中で定期的に思い出す文章がある。

"すごく楽じゃないですか、未来に備えなくていいっていうことが。すごい楽しいと思うんですよ。使えるお金も持ってるし時間もあるけど「まだ生きなきゃいけない」って思うと、「将来のためにお金はとっておかないと」とか、「今日はやっぱり仕事をしないとまずい」とか、未来の備えのために本当はやりたくないことをやらなきゃいけなかったりするじゃないですか。それが「明日死ぬ」って言われたら、すべての義理とか、ちゃんとやらなきゃいけないことを放棄していいんですよね。"

さっき調べたら、この文章を書いたライターの方は2016年に40歳で亡くなったようだった。未来に備えなくて済むその瞬間、どんな気持ちだったんだろうか。

私も「人生の正午」と言われる年齢も近づいた。せわしなくやるべきことをやりきった午前中は過ぎ、このあとは昼食を食べゆっくり過ごし、夕方になったら部屋の明かりを一段落とし、夕食を食べ、寝る準備をしたい。そんな午後のはずなのに、昨今の世界情勢や、もっと身近な社会情勢によって窓の外がいつまでも騒がしいから、緊張感を持って窓の外を心配しながら生活をしていく。そんな感じじゃない?現代の「人生」って。

会社を辞めるか辞めないかみたいな近々の悩み事については、しばらく保留にすることにした。働き方は見直したいけど、それはそれとして会社の外で考える…というか。今の半分くらいの稼働で会社員が出来て、元気がいいときにもう半分自分で稼げればちょうどいいのになぁ…とは思う。そういう取り組みは存在はするけど、採用している会社はまだまだ少ないから選択肢は限られてくるし、拡大してってくれたらいいのにな〜

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